2010年の映画といえば・・・

なんだろ、けっこう見たというのは既にエントリあげたとおりですが、なんだかんだで、「ハルヒの消失」は2度も見に行っていたりするのです。

しかし、この映画は確かに映画の尺にすべきエピソードを、妙な改変などせずにしかるべき尺をとって劇場版として作成したこと、それまででも十分にすばらしかった背景、作画のクオリティを大画面で十二分にみせられた、というとても単純なことを遂行したということ、実写というか映画・ドラマにありがちな演技力の稚拙さやなんだかバーターで出てきたとしか思えない大根役者をみることも「アニメ」ということで回避できた映画作品となったとおもいます(もちろん、TVシリーズの声優が原作のイメージを崩さなかったという大原則があってのものですが)






2009年/10年のアニメ的最大のコンテンツはおそらく「けいおん!!」であったことは否定は出来ません。
しかし、けいおん!の箱庭日常的ストーリーは確かに「日常系」としかいいようのないジャンルとして、らき☆すた等と並ぶ一大コンテンツでした。また、現実世界への影響も確実にけいおん!のほうが上でしょう。

だけど、正直女子高の楽屋落ち(というか、ストーリーの欠落した日常)よりも個人的にはセカイ系のほうがすきなんですよね。(インデックスまでいくと噴飯モノですがレールガンの日常と、その中で起こる些細な事件との感じはけっこう好きですし)

そういう意味では、ハルヒというコンテンツの、適度にあざとらしい「萌え」要素(ハルヒのいう「いわゆる一つの萌えよ萌え!)と、うんざりした日常の、ちょっとしたねじれとしてのSOS団のメンツ(と、キョンが体験する非日常性)というのはとてもバランスの取れたまさに「ラノベ」としては至高の出来。

なかでも「消失」はそれまでの世界が一変することで、ツンデレに振り回されていたと思っていたキョンの、じつは一番ツンデレは自分であったことを自覚し、世界に意識的に関わってくる、もしくは「宇宙人、未来人、超能力者」とともに「異世界人」というハルヒの望んだ姿に生まれ変わるというターニングポイントとしても、また単体映画としても傍観者から主犯(共犯へまわる)という「物語性」が心地いい話です。

もちろん背景の神戸(阪神間)の街並みのトレースも秀逸で、だからこそラストの甲南病院のシーンなんかはすこし、ドキッとするんだなあと。

そうそう、今回の主人公格である長門は「俺の嫁」級にかわいいのですが、個人的にはやっぱハルヒのほうが好きだな・・・。(あ、これはどうでもいいか)
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by nariyukkiy | 2011-01-07 00:49 | sunday people


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