ホンマタカシ -何かが起こる前夜としての東京

感じたことをそのままにメモしてみる。

”何か”が起こる前夜としての東京。
でも、”何が”?

こう書くと、もうなんかすごく岡崎京子的になる、東京現代美術館で開催されている「Tokyo-見えない都市を見せる」の中のホンマタカシキュレーションパート。

YMOのパートが「東京ガールズブラボー」だとしたら、ホンマタカシの東京は、「リバーズエッジ」後の東京。
(蜷川さんは言うまでもなく、ヘルタースケルターのキッシュですね)

90年代から00年代、展示の中にリバーズエッジの表紙もあったのだけど、「何かが起こる前夜としての東京」の「何か」は、結局何も起こらない、日常の連続としての存在だった。
「何かが起こるかもしれない」けれど、「何も起こらない」のゆがみが東京を作っていた。

ホンマタカシ自身の「東京郊外」は、東京の外郭にどこまでも広がる、均質的な郊外の「どこにでもある」風景を切り取っている。
「東京の子ども」は、そんな郊外を、東京を生きるこどもたち。
岡崎京子の描く、どこか浮世離れしたアンファン・テリブル(ハッピィ・ハウスのるみ子や、ジオラマボーイ/パノラマガールの小学生たちのような)と、「普通に東京に生きる」写真のこどもたちとは、どこかあきらめていて、それでも生きることに貪欲な目の力が宿る。

Chim↑Pomのネズミを追い掛け回す動画は、正直悪趣味だと思うが、都会を生きる「こどもたち」の暇つぶしを表現しているものとしては、「リバーズエッジ」で暴かれた空虚な日常と、平坦な戦場と地続きと考えれば納得がいく表現だ。

だけど90年代の「日常」、岡崎京子が描いた退屈な日常としての東京は、2011年の3月11日をもって一度断絶した、といっても過言ではないと思う。東京の機能が止まったあの日、予期せぬ形で「何か」は起こった。

東京においても、その場にいた人々に3.11は明らかに「何か」を植え付けている。
「3.11」後も、それまでと違う「何か」をまとって日常は続いている。「何か」の一つがホンマタカシの「その森の子ども」である福島の、目に見えない放射能をまとったキノコであり、カメラオブスキュラによる都市そのものが撮った都市の姿ではないだろうか。

反転した六本木の写真は、それまでのスーパーフラットな都市の写真と違って「何か」をまとっているかのような膜がある。それは今も東京の中に、都市を生きる人々の中にうすぼんやりとまとっている漠然とした不安であり、忘れようとしても忘れられない3.11からの今も続いている空気そのもののように感じる。

もうすでに「何か」は起こっている。
でもそれが何かを見極めるにはまだ時間が足りない。


「Tokyo-見えない都市を見せる」が、これまでの東京とこれからの東京をつなげる、つなげようとしていることを思うと、このホンマタカシのパートが一番印象的に感じた。
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by nariyukkiy | 2016-02-08 22:30 | sunday people | Trackback | Comments(0)
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