死なないでいる理由

しつもん

asukaの質問に素敵な答えなんか返せないんだけどね。

「わたし」は「何の」ために生きているのか。
って、その時々によって違う気がする。





たとえばシゴトに「ノッテ」いるときは、うひょー、たのしー。と思ってそのために生きているかのような気がする。
菊地成孔のコンセールで、"You Don't Know What Love is..."を聴いているときは曲が終わるまでに死んでもいいかと思うときもあれば、Airの"hair Do"聴いてる瞬間は、この瞬間、光と闇の交錯中でノイズと一緒に消えてしまいたいと思ったし、同時にそんな音楽に出会うために生きてきたとさえ思う。小沢健二の「天使たちのシーン」をきく、13分31秒のために生きていた、といっても過言じゃない時期だってある。(今だって時々そう思う)
サッカーを応援していて、サポートしているチームが美しくゴールを決めたとき、ココロのそこから生きてきてよかったと思う。
もちろん、かわいい女の子と遊びに行ったりするときは、これが人生、と思うわけだし、馬鹿仲間と飲んでいるときはそれはそれでいいんじゃないかと思っている。

自分にぴったりの洋服を店で見つけたとき、ドキドキしてこの瞬間のために生きてきたと錯覚する。(そー言う服なら、たとえ借金してでも買う価値があると思う)

たとえばもしこの先、また"Hair Do"のノイズにとけることができるのならば、僕はまだ死にたくない。生きていたいと思う。
たとえばもしこの先、笑っちゃうくらい楽しく仕事ができるのであれば、僕はそんな環境を作り出して、生きていたいと思う。
たとえばもしこの先、彼女といつもと同じ毎日を生きていったり、見知らぬ風景を見たり、今まで考えてもみなかったことについて考えたりすることがあるのであれば、僕はまだ死にたくない。生きていたいと思う。
たとえばこの先、雷が落ちたように誰かのことを突然好きになったり嫌いになったり、誰かと永遠に別れてしまったり、どんなことがあったとしても、死なないで生きていこうと思うだろう。

要は、生きていることに、理由をつけるなんてナンセンスだ。
理由があるから生きているんじゃない。
わからない「何か」に出会うために、生きているんじゃないだろうか。

僕は「何」かだけをするために生きているんじゃないと思う。
そんなのがわかったら、きっと僕は死んでいる。
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by nariyukkiy | 2006-02-12 22:10 | sunday people


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