カテゴリ:sunday people( 262 )

光善寺 カメラオブスキュラ(ホンマタカシ もう一つの電車)

急なカーブは光善寺カーブ、というらしい。
京阪本線が高架を降り、枚方の、大阪の雑然としたローカルな駅は地上にある、ひと昔まえの佇まいの駅。

その下りホームにある、(京阪の人も存在を忘れかけていたらしい)小さな仮眠室がカメラオブスキュラの暗室になっていた。

狭い階段を登り、茶室の入口のようなにじり口を入ると四畳半の暗室があり、窓に据え付けられた穴から入る光。

目が慣れるのにつれて壁一面に、外の風景が浮かび上がってくる。反転して。

最初は空と架線。ぼんやりとしている地上の暗がりを動く自動車が少しはっきりしてきたら、踏切が鳴る音がして電車走ってきた。

キツいカーブだからか、目が慣れたからか電車がカーブを曲がって通過するのが分かる。

自動車のランプ部分が反射して天井に向かっていく。確かに外の風景なのだけれど色も輪郭もぼんやり見えるからか非現実的というか、確かに写実的な映像として網膜に焼き付いていく。

仰向けに寝転がって壁面を見上げると、正の画像として見える。

カンカン、と踏切が聞こえて電車が近づくと振動が背中に伝わる。目の前の壁面に電車が見える。小さな暗室を通して、ぼんやりとした視覚とダイレクトな聴覚と振動とが身体に入ってきて、少しバランスが悪い感じが、逆に心地よくなってくる。

踏切が鳴る。しばらくすると天井を電車が走り、止まる。人が降りたかどうかはくっきりとわからなかったり、あ、人かも、という影が見えたり。振動が遠くなりつかの間の静寂が訪れる。

その繰り返しは、都市の中で、電車が走る日常の風景であり、反転した地上の生活を雲からひっくり返って見ている神さまの気持ちのようでもあり、いつしか時間が経っていることを忘れてしまいそうになる。

外に出ると、普通の、駅と電車が走る風景。
さっきの方がパノラマだったな、とか思ったより自分の視野が狭いことに驚きながら、狭い暗室ー仮眠室を見上げる。
窓に小さな穴が2つ。

その写し出していた、天井の駅。

カメラオブスキュラの体験。
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by nariyukkiy | 2016-02-13 01:01 | sunday people

ホンマタカシ -何かが起こる前夜としての東京

感じたことをそのままにメモしてみる。

”何か”が起こる前夜としての東京。
でも、”何が”?

こう書くと、もうなんかすごく岡崎京子的になる、東京現代美術館で開催されている「Tokyo-見えない都市を見せる」の中のホンマタカシキュレーションパート。

YMOのパートが「東京ガールズブラボー」だとしたら、ホンマタカシの東京は、「リバーズエッジ」後の東京。
(蜷川さんは言うまでもなく、ヘルタースケルターのキッシュですね)

90年代から00年代、展示の中にリバーズエッジの表紙もあったのだけど、「何かが起こる前夜としての東京」の「何か」は、結局何も起こらない、日常の連続としての存在だった。
「何かが起こるかもしれない」けれど、「何も起こらない」のゆがみが東京を作っていた。

ホンマタカシ自身の「東京郊外」は、東京の外郭にどこまでも広がる、均質的な郊外の「どこにでもある」風景を切り取っている。
「東京の子ども」は、そんな郊外を、東京を生きるこどもたち。
岡崎京子の描く、どこか浮世離れしたアンファン・テリブル(ハッピィ・ハウスのるみ子や、ジオラマボーイ/パノラマガールの小学生たちのような)と、「普通に東京に生きる」写真のこどもたちとは、どこかあきらめていて、それでも生きることに貪欲な目の力が宿る。

Chim↑Pomのネズミを追い掛け回す動画は、正直悪趣味だと思うが、都会を生きる「こどもたち」の暇つぶしを表現しているものとしては、「リバーズエッジ」で暴かれた空虚な日常と、平坦な戦場と地続きと考えれば納得がいく表現だ。

だけど90年代の「日常」、岡崎京子が描いた退屈な日常としての東京は、2011年の3月11日をもって一度断絶した、といっても過言ではないと思う。東京の機能が止まったあの日、予期せぬ形で「何か」は起こった。

東京においても、その場にいた人々に3.11は明らかに「何か」を植え付けている。
「3.11」後も、それまでと違う「何か」をまとって日常は続いている。「何か」の一つがホンマタカシの「その森の子ども」である福島の、目に見えない放射能をまとったキノコであり、カメラオブスキュラによる都市そのものが撮った都市の姿ではないだろうか。

反転した六本木の写真は、それまでのスーパーフラットな都市の写真と違って「何か」をまとっているかのような膜がある。それは今も東京の中に、都市を生きる人々の中にうすぼんやりとまとっている漠然とした不安であり、忘れようとしても忘れられない3.11からの今も続いている空気そのもののように感じる。

もうすでに「何か」は起こっている。
でもそれが何かを見極めるにはまだ時間が足りない。


「Tokyo-見えない都市を見せる」が、これまでの東京とこれからの東京をつなげる、つなげようとしていることを思うと、このホンマタカシのパートが一番印象的に感じた。
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by nariyukkiy | 2016-02-08 22:30 | sunday people

額装っていいよね、額装。

よく、アニメやアイドルのヲタの部屋、とかで壁一面にポスターとか、洋服好きの初心者にありがちなミスとして「洋服のタグとかお店でもらってきたフリーペーパーを壁に貼っちゃう」とかあるじゃないですか。

あれって、なんで「イタい」のかなっていうと、(対象が趣味とあわないというのを置いておいても)たぶん飾り方にあると思うんですよね。

たぶん、AKBの女の子のポスターでも、オードリーヘプバーンでも、暁美ほむらでも、ギャルソンのタグやDMでも、飾り方をうまくすれば結構いけると思うんですよ。

で、飾り方ってなに?ってなるとやっぱり、同じ形をそろえる、とか同じ目線に合わせる、とかあると思います。
あと量か。あまりたくさんあっても確かに怖いし、大きな壁にポストカードそのままだとちょっと切ない。

となると、やっぱり「額装」がいちばんいいのではないかな、と思っている次第です。

手軽なとこだと、こんな感じ。

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お分かりの人はお分かりでしょうが、ギャルソンでもらったチラシ(DM)です。
横尾さん好きなんで(たしかこの絵は細野晴臣のために描いていたような・・・エキゾチックな構図ですが、たぶんそんなに作ってないシリーズ・・・)ともらってきたもの、


【Before】
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知人にもらった絵ですが、画材は段ボール。さすがにこれなに?って感じになってしまいがち。

【After】
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で、アンティークショップで購入した古いデスクの引き出しをフレームにして飾ってみました。
だいぶ段ボールの感じとフレームと絵がいい感じにミックスしているよねと。

他にも、D&D Departmentさんでは、たとえば学習机をリメイクしたフォトフレームを作成していたりして、
いい雰囲気。

せっかく購入した写真だったので、この学習机フォトフレームに入れてみると・・・
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この写真、ホンマタカシさんの展覧会で販売していた、裁断された写真。
偶然、同じ素材のものを発見したので2枚購入したのですが、並べると同プリントからだったのかな、という感じで並べて飾ると面白い。

もう一工夫。
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by nariyukkiy | 2015-11-22 17:16 | sunday people

2014-15

いやはや、Twitterだの、FaceBookだのがあるとブログは目的のある方じゃないと更新が滞りますよね・・・。
このブログのテーマは、「Music,Football,Fashion,Travels and "Sunday people life"」だそうですが、まるでセレクトが広がりすぎているライフスタイルショップのようで、テーマがとっちらかっているブログは、ブログよりもTwitterとインスタの組み合わせのほうが相性が良いのではと・・・。

Music・・・実はあまり広がりがないですよね。。。
2004年当時聞いていたバンドやミュージシャンで同じ形で活動しているのって、YUKIくらい?
ちょうどそのころから菊地成孔関係が気になっていたから、結果としてその記事が一番多いのかな・・・。
ただ、私の音楽の趣味は雑食すぎるのであまり一貫しているとは言い難く・・・。
結果としてあまり大してアップしてないかな。。

FootBall・・・2005年シーズンから本格的にいっているFC東京応援生活も10周年目。
SOCIOになったのは翌2006シーズンから栃木に引っ越す(2010シーズン)までだけど、実質応援しはじめてから10年かあ。。。

その間に、目黒で2回、目黒から栃木へ、そして大阪へと移動していて、なかなか味スタにも行けてないけど、それでも応援し続けていますよ。

(その前から好きなLiverpoolに至っては、一度もスタジアムなんて行けてないですけどね・・・)

Fashion・・・
10周年といえば、2014年は最近はまっているBandOfOutsidersのブランド設立10周年だったそうで・・・。
俺いつから買ってるんだろうなー。たぶん2005年か06年くらいかな。。。
初めはネクタイやシャツだけだったブランドだし、僕が買っていたのもシャツやネクタイだったわけですが、気が付けばセットアップやアウター、デニムやパンツ、ニットに靴など全身お世話になっていますね。
たぶん、2009-10AWでダッフルコート買っちゃったのが運命の分岐点・・・。

僕の洋服のベースはたぶん、それこそ15年くらいギャルソン(プリュス)だったわけで、シアタープロダクツ(メンズは展開終了)はプリュスと相性が良かったし、ナンバーナインなんかもプリュスでもジュンヤマンでもいけたわけです。

ただ、BandOfOutsidersはプリュスよりどっちかというとジュンヤマンとの相性が・・・ということかどうか、ジュンヤマンとBandOfOutsidersばかりになりつつあるワードローブです。いや、ギャルソンのレーベルは他も買うし、SHOUNSAMSONとかも結構好きなんですがね・・・。

ナンバーナインやシアタープロダクツといった、好きだったブランドが終了していく中でギャルソンは残っていて、ほかの柱としてはBandOfOutsidersさんが大きすぎる・・・。

たぶん、1日1シャツアップしていっても1か月以上持つと思うけど、需要ないよねw
でもその方がまだ筋通ってるかな・・・。

旅はサッカーに包括されているほうが多いし、そもそも僕の住む場所が旅旅しているからあまり記事にはなっていないですね。。。

そんな私のライフスタイルを、勝手に好きなSUPERCAR(・・・てブログを始めてすぐの2005年2月には解散していますがね。。。)のこれまた一番好きな曲名である「サンデーピープル」になぞらえて始めたわけで、手抜きしつつ、ふにゃらふにゃらとここまでやってきたわけです。

が、僕のサンデーピープルライフ、ちょっとずつですが変わったところもあり、変わらないところもあり、こだわりも前よりは増え、というところでしょうか。

2015年。

どっちかというと洋服とコダワリのもの、が中心になるかもしれないですが、また気が向いたら更新しよう。そうしよう。

まあ、適当によろしくお願いします。
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by nariyukkiy | 2015-01-05 00:40 | sunday people

Key Of Life

何かをお手本にする、というのはそれほど悪くない行為だと思う。
だけど、何かを猿真似する、というのと、お手本にする、というのは全く違う行為だとことも、やっぱり考えた方がいい。

ライフスタイル、を提案するショップや雑誌が増えているけれど、なんだかんだ「流行」の物と折り合いをつけなければいけない彼らには「はやりのライフスタイル」を紹介することはできても普遍的な「ライフスタイル」を確立するには、受け手側がよほど注意しないといけない。(※できない、とは思わないですよ)

シティーボーイがスケボーもって〇メガネ(伊達)かけてチノパンのすそ折り曲げれば出来上がるのではないように、ライフスタイルもまた、その人が何を持って生きているのか、それにあったモノ(物質的なものだけじゃなく、空気そのもの)をまとっているのか、が重要なわけで。

だから、この本の中でインタビューされ、紹介されている人々の家はだれにもまねができるものではない、その人の態度(アティチュード)がそのまま内装に、たたずまいに現れているわけで、それを見て僕は自分が「自分の家の中に、何があってほしいか」「どういうところで暮らしたいか」を翻って考えることができた。

別に、憧れの商品(家具とか、照明とか)が似合う部屋、でもいいと思うけど、それより一歩進めて、部屋の中の「Key Of Life」は何なのか、それを紐解くことでもっと暮らしは面白くなるし、逆にそれさえあればどんなところでも豊かな暮らしはできると思う。

そんな、暮らしのヒントになる本だった。



キー・オブ・ライフ [ニューヨーク編] クリエイターたちのインテリア (P-Vine Books)

ちなみに、アダム・キメルのアート作品を無造作におく生活、とかアンドリューWKの色の壁に対する考え方とか面白かったな。
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by nariyukkiy | 2014-03-05 01:16 | sunday people

ポパイのシティーボーイって、オリーブ少女の変形だったのか、という件。

前々から、「シティーボーイ」のためのPOPEYEになんだか違和感を感じている。
そりゃ、「シティーボーイ」なんていうものがつくられたものであることなんて重々承知している。

だけど、それでも「シティーボーイ」的なものは何かアイテムを持っていて、なぞっていればなれるものではないんだよなあ、という根本的な違和感、である。

その違和感を、一番初めに感じたのは千駄ヶ谷のコーヒースタンド、"Be a GoodNighbor"での何気ない会話の盗み聞きである。(※べつにBAGNが違和感ではない)

POPEYEが「Magazine For City Boys」にリニューアルして以来、その特集特集があまりにも素晴らしくて定期購読をしている、というお姉さんが、いかにPOPEYEがクールかを(おそらく顔なじみの)店員にむかって主張していたその会話は、お姉さんの「あまりに素晴らしすぎてポストから取り出してそのまま飾っていて読まないの」という自己主張(※特集が素晴らしい)との矛盾で終わっていた。

そして、僕の違和感=シティーボーイってそもそもなんやねん、というものが半分くらい理解できた瞬間でもあったわけだ。

新しいPOPEYE(もう1年くらいたったわけだけど)の「素晴らしい特集」の数々はきっともうその存在だけでお姉さんにとって「シティーボーイ」を感じるものだったわけだ、きっと。そして、だからこそ別に読まなくてもいい、所有していればいい、そこにあればもう「シティーボーイ」な感覚を得られる、というアイテムだったと。

そう理解すると、「新」POPEYEのどうも読む気にならないレイアウト、箸にも棒にもかからない、というか自社の先行するライフスタイル誌であるBRUTUSや故relaxやオリーブの焼き直しのような特集や中身もなんとなく理解できる。ん、オリーブ、、、

そうか。

昔オリーブ少女という人々がいた。(そして、たぶん今もいる)
オリーブという雑誌があり、その結構はっきりとした「トウキョウ(ニホン)にいるパリジャンヌ(もしくはリセエンヌ)」というパリにもどこにもいない、だけどそれゆえになぜか東京とやたらマッチした謎の文化系女子を生み出したあのオリーブと、新POPEYEは性別こそ違えども結構似ている、ような気がする。

そう、今までの繰り返し、変奏曲。それが流行の正体であることはもはやみんなわかっている、周知の出来事。
あとはその流行をどう奏でるか。
POPEYEは女子の世界でもはや声を上げるまでもなくなった概念としてのオリーブ少女を、男子に向けて振り向けた。その結果が、「2010年代のシティーボーイ」という、(オリーブを経験しなかったイマドキの男子にとって)新たな概念だったのではないだろうか。

オリーブはパリを夢見ていた。POPEYEはNYCや、クールな90年代の東京を夢見る。
オリーブ少女はおしゃれなレコードと、実はよくわからない文学で武装し、「かわいい」雑貨に囲まれていた。
POPEYEはファッションのスケボー、唐突に出てきた写真集、「定番の」逸品を推している。
オリーブは小沢健二やカジヒデキといった音楽とトウキョウ・カルチャーに結びついたヒーローがいて、パリともなんとなくつながっていたモデルがいたが、POPEYEのお手本は市井の「シティーボーイ」(ただ、よく見ると巧妙にNYの男の子だったりするわけだが。。。)で、あまりカルチャーに結びついたヒーロー(ヒロイン)はいない点くらいか、違いは。

と、いうかあれか、「オリーブ」ありしとき、オリーブ的な立ち位置(ライフスタイル誌!)の男子向け雑誌はなかったわけで、オリーブ的なものこそ「都会的」と解釈すればPOPEYEのオリーブ化はごく自然な流れなのかもしれない。往時、オリーブを読む男子も多かったし(含む俺)、そういう層を察してかけっこうメンズブランドも登場していた(一応、カップルで着る、という体だったけど)オリーブだもんな。

と、なんとなく、シティーボーイ=オリーブ少女ということで納得する俺であった・・・。

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by nariyukkiy | 2014-02-18 02:06 | sunday people

2013年の思い出を、ホンマタカシのポスターと。 #まだブログやってたの?

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高松は、町のシューレで購入したフレームに、ホンマタカシのキノコの写真(のポストカード)

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もうひとつはlimart(POST)で開催されたホンマタカシ×大原大次郎の「稜線」のドローイングポスターを、オリジナルで作ってもらったフレームに収めて。

今年もいろいろありましたが、この「フレームに収めて」何かを飾るというのがとても気持ちいい、そう感じた年でした(どんなまとめだ)

既製品のポストカードも、シルクスクリーンのポスターも、はたまた絵画やフライヤーも、フレームにいれて飾ると、何倍も魅力的で、身近に感じるから不思議。

稜線のポスターはけっこうおおきかったので、実にフレームのほうが何倍もしたのですが、それでも家の中にこの大きな山と、稜線があると荒んだ気持ちもいくばくか和らぐといものです。

きのこのポスト―カードも地味にリコンストラクションされたやつで、それがこのキノコの背景をまた際立たせている傑作なのですが、いかんせんオリジナルは高い・・・。でもポストカードも十分、なんか立派に見えるんですよね。前は黒磯のROOMSで買った古い木箱をフレームにしていて、それもよかったけどマットを入れて飾ると、それはまたそれでいい。

オリジナルのフレームは代々木八幡の「sur-murs」さんで。ここのフレームはこだわりとなんか雰囲気があって、仲に入れる作品とマッチすると本当に素晴らしい。

・・・この感覚、どこかであるなあ、と思ったらたぶん恵比寿のcoeur改め、KIJIMA TAKAYUKIのハットなんですね。洋服のどれでも全部にフィットするんじゃない、だけどフィットしたときの相乗効果が抜群のもの。

結局僕が好きなものはそういうものが多いんだろうなあ。
え?じゃあ中身もオリジナルにしろ?

・・・まあ、それはおいおい・・・

では、よいお年を。
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by nariyukkiy | 2013-12-28 15:47 | sunday people

Todd Hidoと中島麦

恵比寿はPOSTで9月1日までのToddHido展と、広尾はOut of Placeで開催中の個展、『星々の悲しみ』を見に。

Todd Hidoの写真はアメリカ郊外のロードサイドを中心とした写真。寂寥感というかどこか陰のある写真で、すごく奥行きのある写真だった。

写真はどうしても平面的になるとおもうけれど、彼の逆に写真として焼き付けられたことで、その中に被写体が閉じ込められているような人物写真、誰もいない風景の家の明かりが逆にその生活を浮かび上がらせるような写真。

limartさんがやったのかな、額装もよかった。黒の額装で奥行きがあるフレーミングが写真の相乗効果があった。作品欲しいな、と思ったけど予算的に、、、写真集買いました。

中島麦氏の作品。
先日のアート大阪で偶然出会って、今うちのギャラリースペースで横尾忠則(のポスター)と一緒に展示中。
東京で新作主体個展をやるってことだったので伺ってきたわけだけど、こちらはこちらでよかった。

サイズが異なる、いくつもの抽象画。絵の具をドロップさせて、あとは絵の具に任せた、とのことだったけれどそうやって色を重ね、流れてできた小宇宙。詩的なタイトル(星々の悲しみ)と相まって、独特の世界観。
隣に配された単色のパネルと組み合わせることで、その「宇宙」の見え方も変わってくる。

また、大きなサイズと、小さなサイズ、どちらもその中できちんと絵が完結している。なんとなくプリントでみると抽象画としては大きい方が面白いのかな、と思っていたけれど実物を見ると10×10も、30サイズも、大きなサイズもどれもきちんと「宇宙」だった。
こっちはもうすこし期間やっているからもう一回くらい見に行きたいな。
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by nariyukkiy | 2013-09-01 13:38 | sunday people

since 2004

どうやら、9年前にこのブログを始めたようです。

その頃から変わってないのは洋服、というかcomme des garcons homme plusが好きってことくらいで、最近の洋服も、働いている場所も、自分のステータスも、音楽の趣味も結構変わっています。

だいたい、Blogにポストするという行為自体もだいぶ「アウト」になってきています。
Twitterだのなんだのともっと短く感覚的にポストするのが「イン」な世の中。

長文を書くのはけっこう「その筋な人」が収益を求めて、がほとんどで、泡沫ブログなぞ誰も気にしてないでしょう。

最近のアクセスはもっぱら「小沢健二」ですしね(って1年前のポスト・・・)

しかし本当、この9年間でブログのタイトルに借りたSUPERCARは解散し(まさかTwitterでナカコーに質問したらレスが返ってくるとは思わなかった)ソウルセットは前より精力的に活動し(まさかTwitterでBIKKEと会話ができるとは思ってなかった)、僕はFC東京にハマり(・・8シーズン目か)、相変わらず音楽を聴き、洋服を買い、おまけにおうちも買っている、とは、人生何があるかわからないものです。

前よりもポストは減っていますが、Blogを通じて仲良くしてくれるヒトもできたわけで(よくかんがえてみれば大阪方面に友人ができるなんてすごいよなあ。。。)ぜひこれからもよろしく、という感じです。

そして、たぶんテキトーに更新していきますので、東京クラスタの方も、音楽の筋の方も、洋服好きの皆さんも、あ、小沢で探しに来た人も、よろしくお願いしますね。
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by nariyukkiy | 2013-06-14 22:52 | sunday people

プラチナデータってニノがささやく

そう、それがこの映画のハイライトであり、クライマックスである。(開始10分以内に終了)
このセリフを大画面で、ニノにささやいてほしい。

この映画を見たいのはそのためといってもいい。

いや、もう一つあった。先日、日本からの撤退を新聞にすっぱ抜かれた、BlackBerry(BB)の活躍。
演出とはいえ、BBがこんなに、日本で、活躍した映画があっただろうか(いや、ない)
iOSとAndroidの熾烈な市場争いの中、BlackBerryここにあり、と声小さく、しかし確実な声は僕には届いたよ。
(たぶん僕にしか届いていない)

そして、最後にでてくるポータブルPCはVaioTypeU(だったよな)という数年前に出た、近未来的なPCのあだ花。なんだこの映画、日本ではやらなかった近未来ガジェットへのレクイエムか。

そんなことを考えつつ、そうだ、トヨエツ演じる昔気質の刑事はやっぱりガラケーよね、とかまるでエヴァの世界が、エヴァ以外は日本の風景であるのと同じようななつかしい感覚を覚えているうちに、映画は何となくしまりなく終わっているのでした、という映画なのでした、いやー、面白かった?のかな。

なぜ、ささやきがすべてなのか
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by nariyukkiy | 2013-04-01 01:07 | sunday people